IE9ピン留め
写真集ー徒然草
 今はネットで原画のデータを送信するだけで写真集を安価に且つ手早く作れるようになった。オーダーは1冊から希望冊数まで1週間から10日以内で出来上がる。ただ、オリジナルどおりの色合いにプリントできる可能性は少ないが、画集としてまとめる形としては整え易い。
 出版専門店へ依頼すれば50冊以上の注文で最低50万円は必要である。これもオリジナルどおりに印刷されてくることは殆んどないし、校正に校正を重ねても満足できるものが出来ない。最高のものを望むには数百万は必要であるし、出版社を選ぶにはまた一苦労である。
 ネットで最近作った写真集です。
 題して 徒然草 ー見たまま勝手にー 。

# by obscura | 2009-02-20 09:24 | 写真集
デジタル写真とフイルム写真
 デジタルカメラの進歩は時々更新であります。写真キャリア組はフイルム写真にこだわり続けて、がんとデジタル写真は写真でないと言い放っております。僕はデジカメ派ですが、デジタルカメラは非常に便利なものと思っています。しかし、写真する心はフイルムでもデジタルでも一緒です。記録媒体が異なっているだけです。
 そもそも写真は何であるか、カメラを持った人が自分の思い、感じたことまた夢を絵筆でなくカメラで記録しているのであります。フイルムはアナログですから当然のように映像の現出はまろやかです。そしてデジタル写真のきめの粗さを指摘します。しかし、フイルムでも現像の仕方によってはガチガチとしたもの、粒子をわざわざ荒くしたりコントラストを強くしたり出来ます。フイルム現像をした経験者はほとんど白黒フイルムの時代の人であるのに、デジタルを歓迎できないらしいのです。パソコンに対する拒否感からでしょうか。
 そして彼たちは、パソコンを使えばなんでも色、形を変えられる、例えて言えば電線、電柱を消せるからと作画が容易であるとの単純な理解を持っているようです。確かに消すことも足すことも出来ますが、撮影するときは邪魔なものをなるべくファインダーから避け、写実に心がけていますし、プリントも現実に近い色彩を求めて何枚もテストプリントしています。
 フイルム(カラー)撮影での作品は、現像、プリントは専門店任せで撮影から作品仕上げまでは人任せであります。出来上がりを見て、ある程度のクレーム、修正を加えて自分のものとしております。それに引きかえデジカメ作品は撮影からプリントまで自分の責任で行っております。白黒写真と同じ工程で作品づくりをしている訳であります。
 写真の上達はシャッターを多く切ることと教えられています。これにはデジタルカメラは打ってつけの機械です。一枚一枚映像が確かめられますから、その都度構図や適正露出度も検討できます。
 ここでデジカメ派で謹んで欲しいことは、作画はコンパクトカメラでもこんなきれいな作品が出来るよ、フイルムカメラと見分けがつかんでしょと、さも自分の腕が良いというようなニューアンスでおっしゃる方が時々います。コンパクトカメラは今や画素数が高いし、焦点深度も深いしボケの無いきれいな写真が撮れるような設計になっていますから当然と思います。あまりアナログ派に言わない方がよろしいでしょう。腕でなくてカメラが良いといわれますよ。昨今は、一眼レフカメラもどんどん画素が緻密になってきております。
# by obscura | 2006-08-16 14:55 | 写真の話
製作者さまざま
 自作品を撮影時の状況など理屈を捏ねて説明する人が結構多い。どうしても自作品を正当化したいためなのだろうか。作品の良し悪しは鑑賞者が決めるものであるのに。
# by obscura | 2006-08-16 14:23 | 作品について
撮れなかった1枚の写真
 フォト・ジャーナリストとは?ー撮れなかった1枚の写真ー 吉田ルイ子著 
 (岩波ブックレットNo.100) 
 
 書店でこのタイトルに引かれて一寸目を通していたら、なんと感銘する文章に出会った。それは、1枚の撮れなかった写真の章に彼女はベトナム戦争に報道写真家として参加していたときの出来事を書いている。
 戦火から避難している人々の中に1組の母と子の姿を見つけ、母親の乱れた髪、痩せこけた頬、思い詰めた表情と、平和そのものの表情で眠っている赤ちゃんの対比が絵になるとカメラを向けたら、母親は赤ん坊の顔を手で覆い、自分もカメラから顔を背けた。彼女のカメラのファインダーの中には、手で覆われた指の間に、おできだらけの子供の顔と赤ん坊の柔らかい肌にくっきり残された傷のあと、ひきつった母親の首筋があった。これを見て彼女はシャッターを押せなかったと述懐している。
 その場面は素晴しい絵になる情景を沢山盛り込んで表現されている。それが出来なかったとして、プロとしての呵責に悩まされた。しかし、その後感じたことであるが、あの写真を撮らなくて良かったのだと、例え賞を貰っていたとしても一生嫌な気持ちが残っていただろう。私はそれでいい。プロのジャーナリストである前に、ひとりのふつうの人間でありたい。と結んでいる。
  
  私も本当にそう思う。写されて楽しい写真ならいくらでも撮って貰えばいい。しかし、嫌な気持ちでいるときの写真はそれなりに写って、カメラマンの主観だけで写され共感を覚えない作品になっているに違いない。なんでも撮ればいいのではない。心の通った写真を写したい。
 
 彼女はまた、アルフレッド・スティグリッツの言葉を引用している。
 <写真においていちばんむずかしいことは、見ることを学ぶことである。
   ほかのすべては、それとくらべれば簡単である。>  
 
この本に感動して5冊注文した。何時か同じ思いのする友人にプレゼントしようと思って。
                                           (1992.4.19記)
# by obscura | 2006-05-19 09:43 | 写真の話
報道写真は、ウソである!
 我が家には写真家、林忠彦先生の「真を写す」というサイン色紙がある。なかなか薀蓄のある言葉であり、意味はいかようにも受け取れる。写ったそのものの形(外面)から言えるし、写真を写す人の心も言えるのではないか。
 何故このようなことを言うのかというと、国体の写真撮影を依頼された時に出会った一場面が、自分に感じさせるものがあったからである。 
 撮影はボウリングを担当し、競技する選手の一挙手一投足にシャッターを切り、なるべく楽しくまた激しい雰囲気の瞬間を狙っていた。この試合も熱戦のうえ漸く終盤を迎え、最後の一投がこの試合の明暗を分けた。9本のピンはボールの勢いで難なく倒れたが、もう1本がグラグラ揺れたがついに倒れなかった。ここまでは接戦で、攻めの選手の最後の一投で優勝が手中に納まることは本人も感じてはいただろう。しかし1本残った時の彼の目に涙が滲んだのを私は見逃さなかった。それを見た途端自分も胸がこみ上げてきた。こんな写真が撮れない、黙って彼を見つめていた。そこへ隣のレーンで試合の済んだ隣県の選手が健闘を讃えに来た。しかし、彼は虚ろな面持ちで儀礼的な挨拶だけを交わしていた時、報道関係のカメラマンが二人を握手させて写真を撮ろうとする。彼はニコリともせず、むしろ仕方なく握手しカメラに納まっていた。これを写す無神経なカメラマンに私は無性に腹が立ち、ついに怒鳴ってしまった。そんな写真を撮るなと。しかし、無神経なカメラマンには聞こえなかったとみえて、一枚だけ撮ってスタスタと他所へ行ってしまった。この報道カメラマンは真を写していない。選手の握手の本当の意味である真が写されていない。故に写った写真は見る人に何の感動も与えない。このように写されている人と同じ感情になってしまう自分は、報道カメラマンにはまかり間違ってもなれないと思った。
(1991.9.11記)

すべてはそうでないけれども、日常茶飯事的なイベント取材は、ほとんど報告的な記事と説明写真である。(2006.5.18記)
# by obscura | 2006-05-18 21:11 | 写真の話
作品集 「寫 心」
平成8年12月、39年に亘る宮仕えを終える記念として、小個展3篇の写真集を作った。
以下に3篇を掲載します。
# by obscura | 2006-05-08 16:47 | 写真集
寫 心 ●芝居撮影への切符

      今は亡き、演出家の荒川哲生氏。

これらは私自身劇団員のスタッフとなって、金沢の「鏡花劇場」の舞台を取材したものである。、
# by obscura | 2006-05-08 16:22 | 写真集
寫 心  ●'94夏・京都
# by obscura | 2006-05-08 15:59 | 写真集
寫 心  ●私見!上海・蘇州・無錫


# by obscura | 2006-05-08 14:48 | 写真集
作品について
 自作品を公開した折に、他の方から自分の思い以上に内容の濃い感想を受けたことはありませんか。このような時は最高に嬉しいものですね。そして、その方に尊敬の念を抱いてしまいます。人の感性には計り知れないものがあります。
 僕にも幾たびか過大評価されたことがあります。ほとんどは口頭での感想で,はっきりした言葉で記憶してませんが、ここに文章として残っている一例を挙げてみます。
 僕に人生学を教えて下さった、今は亡き某大学の学長が書かれた随筆集の中の一文です。先生も写真大好き人間でした。
 
 「寫心」と「写真」
 先般、畏友○○君から年末発行の写真集を頂いた。 ~中略~ 
 実は今度頂いた「寫心」、最初に驚いたのは表紙の燃えるような紫色の素晴しい花園。光と陰が無限の深さを表現している。見たような、とは思ったが念のため電話した。「○○君、あの表紙の花、なんの花?」 「あれですか。あれはラベンダーですよ」 「ラベンダーね。でもすごくいいね」 「光を利用して映えるようにしました」 そばにいた家内がくすくす笑っていた。「あなた、ラベンダー、わからなかったの」
 ラベンダーは知っているが、寫心にするとあんなに幽玄なものになるとは全く思いもよらなかったのである。(9.1.16稿)
 
  後日談であるが、この先生は数ヶ月年増の奥様と非常に仲が良いのですが、奥様の健康状態が時々崩れ、病院の入退院を繰り返しておられました。その間遠くへ嫁いでいられる娘さんや家政婦さんが家事をしていらっしゃったのですが、留守宅の先生が急逝されました。先生を知っている者たちが、奥様の看病をしている先生が亡くなってどうなることやら、と心配されてた矢先、わずか一ヶ月足らずで今度奥様が先生のあとを追われました。80歳を超え、仲良い夫婦ってこんなのかなとも思われる、僕の一番の印象ある思い出です。
# by obscura | 2006-04-23 19:20 | 作品について
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